| 人間は進化の過程で複雑過ぎる脳組織を作り上げてしまったらしい。そしてほぼ100%正常に働かない可能性を含みつつ社会的に存在している事が出来ている。社会的に存在している事が個人の正常を保証するものではないことは明らかです。しかし、社会は個人の狂気を少しずつ消費、昇華して社会に有用化しているのです。しかし、個人が一旦狂気に陥ると社会はそれを立ち直らせる事はほぼ出来ないと言って良いかも知れない。社会は最早狂気を折り込んでおかなければならないだろう。攻撃性が自己に向いた時に自殺が起こり、多少社会は動揺するが、原因が不明のまま終息せざるを得ない。攻撃性が外に向かった時には犯罪的表現になるだろう。ところが、正当性を加味した主張表現となる場合は狂気が隠蔽される形で表現される事になる。正当性が強くなれば、核兵器の使用などに至る事を社会は抑制が出来るだろうか?社会システムが複雑であれば抑制システムを擦り抜けて核兵器のボタンに触れようとする誘惑には勝てなくなるだろう。 |
| 人間は正常に働くと言う前提で社会を組み立てると偶発事故が起こると考えた方が当たっているのだ。狂気を折り込んで組み立てる事もいずれ気がついておかなければならないだろう。システムを狂気を折り込んでおくと言う事なのです。狂気は悪意と解釈するのではなく、人間にとって避ける事の出来ない陥穽であると捉える事です。特定の個人に権限を与えすぎない事や重責に任命しない事等も回避策として組み込む事等です。 |