| この国は何の議論をしているのだろうか!集団的自衛権の議論は二重の意味で国民の目を逸らしているとしか言えない。個別的自衛権が議論の余地なくあるのならいつ個別的自衛権を発動した事があっただろうか?殆んど架空の問題がさもあるかの様に集団的自衛権の議論の中に紛れ込ませているのではないのか?個別的自衛権の対象となり得る事案は複数あるのではないだろうか?集団的自衛権とは同盟国の特にアメリカの起こす戦争に国民的議論をせずに直接政府が関与したいとの思惑が透けて見えるのだ!又、軍産複合体の下請けに日本、日本の企業が入る事を意味しているだけであろう。 |
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2014年6月30日月曜日
2014年6月26日木曜日
| 国家の責任、自立。 |
| 日本と言う国として自立すると言う事はどう言う事だろうか?これは一種の「喩」なので一人の人格のような事にはならないが、国の責任という在り方はある筈なのだ。但し、日本は権力の源泉を天皇制に求め、それが一旦、破綻した筈だったが、周辺の権力の処分を自らの手で行なう事はせずに戦勝国に任せてしまったことが自立して行なう事に関わる事から免れたと錯覚を起こしてしまったのだろう!権力がしなければならない事は民に寄りそう事だったのではないだろうか?昔の日本は全く無謀な戦争をアメリカ等に対して起こし、無駄な犠牲のみ排出しただけに終わった。更に惨めな植民地に成り下がったのです。未だに植民地から抜け出してはいないのです。アメリカを敵に回した事は迂闊だったと言うしかありません。負けたから植民地になったのではありませんでした。日本の権力が首を差し出して軍門に下ったのです。敗戦によって国民は権力によって売り渡されたと言って良いも同然でした。アメリカが悪いと言う事はないのです。アメリカは誘惑に勝てなかっただけです。アメリカは日本と言う国を作り変えようと尽力したけれど力を行使する事も忘れなかったと言う事に過ぎませんでした。問題は日本の被植民地根性です。上から下までです。情ないのは権力者自身が躊躇いもなくアメリカの力に自ら靡くと言う選択をした事です。その選択が日本の経済的な発展に貢献した事を以って義とされてしまったのです。これが自立的選択だったのでしょうか?/…… |
2014年6月24日火曜日
2014年6月21日土曜日
2014年6月16日月曜日
2014年6月15日日曜日
| 日本の少数民族に文字を! |
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日本の少数民族とは誰であろうか? ①アイヌ民族?彼らはアイデンティティーを形成して来ただろうか?アイヌ民族と他者(倭人)から呼ばれる事はあったが、自らの領土、政治体制を主張しただろうか?自らの文化を主張をしたかも知れない。明治時代からアイヌ民族を研究した学者はアイヌ民族の言葉を記録する時に仮名文字を使用しましたが全く不十分な記録しか残せませんでした。お粗末としか言えません!アイヌ民族自身もそれを受け入れて来た様に思えます。アイヌ民族は自らの表記を子孫の為に持つべきと考えます。 ②小笠原欧米系住民?彼等もアイデンティティーは持ちながら、文化の形成には関心は持っただろうか?情報が無い為これ以上は述べる事は出来ません。 ③朝鮮民族?彼等はもっとアイデンティティーを形成して良い筈なのです。彼等は日本の中の少数民族としてオリジナリティーを持つべきだと思います。故国の国籍(南北の)、政治に振り回される必要は無いと思います。朝鮮民族として誇り高くアイデンティティーを保って良いのです。文字はハングルと言う固有の文字があります。④中華民族も同様です。⑤その他のアジアの民族も同様です。東南アジアの国々は自前の文字を持つ国ばかりです。⑥沖縄は民族の自覚を高めるのなら独自の文字を持つべきです。日本はアジアの各民族をアイデンティティーを維持しながら受け入れるべきです。国籍も二重国籍を認めるべきです。その代わり日本に大いに貢献して貰えば良いのです。そしてアジアの各国との絆を深めれば良いのです。日本はアジアの多民族国家としてバランスの採れた繁栄の道を歩むべきなのです。アジアの民族が日本に貢献すると言っても日本人が特権を持つと言う意味ではありません。飽くまで協力関係を築くと言う意味です。 |
2014年6月14日土曜日
2014年6月12日木曜日
| 教皇フランシスとネタニヤフー首相との口喧嘩寸前の事 |
| 日本では大したニュースにはならないが、ローマ教皇がイスラエルを訪問してネタニヤフー首相と会談した時、ネタニヤフーがイエスはヘブライ語を話したと述べたら、教皇フランシスはイエスはアラム語を話したと譲らなかったと言う。どうでも良い事で口喧嘩になるところだったが、こう言う事はヨーロッパキリスト教の偏見的土壌がポロっと言わしめる事で、教皇フランシスも偏見に支配されていると言うボロが出てしまったと言う事です。何故、イエスはアラム語を話したと言うのかは、事実は定かではないけれど、アラム語を話したという事がユダヤ人の言葉を話さなかったと言う事によって暗にユダヤ的背景を消し去りたいと言うキリスト教会の願望、利害を体現してしまっていると言う事です。逆にイエスのユダヤ的背景を強調し過ぎて、キリスト教の権威付に利用する思考回路を持とうとするキリスト教宗派もあるくらいなのだ。最早キリスト教とユダヤ教の思想的な関連付けをする事自体が無理な事なのですが。キリスト教が余計な秋波を送る事自体が宗教として破綻している事を暴露しているようなものですから何をか言わんやです。 |
2014年6月11日水曜日
| 国家衰退期にどうするか? |
| 日本は今後人工減少期に入り国家維持に難関を迎えると官僚を中心にして慌てふためいている有様です。これを解決する為のアイディアは幾つかある筈です。人口そのものは移民で補う事である筈なのにあまり積極的な動きが認められないのは何故なのでしょうか?又産業開発に全く背を向けた状態です。過去の産業構造にいつ迄もしがみついているのが現状です。世界が欲しがっている産業を世界にセールスする事が原発事故起こしたにも拘らず原発をトップセールスとは何と情けない事だろうか!もっと世界が望んでいる産業がある筈です。世界はリスク管理に自信を失いかけています。安心を心から欲している筈です。ところが、今の日本はアメリカの保険資本が席巻しようとしています。日本の市場をアメリカの資本が抑えようとしているところです。日本の資本は世界に進出して生き残る事をしなければ、やがて日本の資本自身が衰退して行く事は目にみえています。資本の衰退が国家の衰退にそのまま繋がるのか解りませんが、国力は衰退するであろう事はハッキリしてます。巨大な資本を良しとする訳ではないのですが、国家維持の為の規模は集合体として必要であろうと思います。 |
| 日本は明治維新型の国家形態に破綻し、消滅し掛けた国家です。殆んど消滅しても良かった国です。その反省を抜きにこの国の維持については語れない筈なのに、経済と言う甘い汁にドッップリ浸かって国家の体、矜持を放棄して形ばかりを生き延びたのです。何をすべきか何をなさざるべきかを国民と明確に契約もせずに政権維持のみに汲々としてきただけの官僚型保守政治でした。 |
| 国家衰退期を迎えてる事は知識人にとって認めたくない事かも知れません。知識人こそ国家的な危機に際して逃げ腰になる存在です。我先にと逃げ出すかもしれない存在です。これ自身は非難する事は出来ないと思いますが、国家的な空洞化を招く事になる訳です。 |
2014年6月10日火曜日
| 今こそ日本は独立をしよう! |
| 日本は名実共にアメリカに支配された植民地だとの古いタイプの主張をする積もりはありませんが、国家の運営においては独立、自立をしなければならない事はハッキリ主張したいと思います。別にアメリカを敵にするとか言う事では全くありません。判断に於いて主体的にすると言う事です。アメリカに過剰に基地提供をして住民の負担を掛けて事実、利益相反していることに対して交渉して解決することは国家として当たり前の義務です。交渉せずにアメリカの利益を最優先すると言う国家としての姿勢が批判されなければならないのは当然です。アメリカは日本がいつも自分から折れてくるのを不思議に思っています。自分の言い分を引っ込めたまま交渉の場に現れる日本の外交官には不信感すら湧いて来ようと言うものです。 |
2014年6月8日日曜日
| 性欲の危機管理 |
| 若い女性から幼児まで痛ましい事件が続いています。これらは女性の危機管理の問題かも知れません。男の弁護をする訳ではありませんが、これは男の性欲のコントロールが全くできていない事が大きな部分を占めていると思われます。性欲をコントロールしなければ犯罪になると社会的な教育がなされない事によります。この世にお行儀の良い男なんていません。男自信が抑も性欲をコントロール出来ない事に苦しんでいるのです。しかし、絶対に現実を直視し、性欲をコントロールしなければならない事を教えるべきです。校長の様な男でさえ若い女性の色香に簡単に負けて警察のお世話になってしまうのです。そして反面に女性は防衛の為の策をシッカリ考えなければならないのです。お互いに教育の関門を潜っておく必要が絶対にあるのです。犠牲は必ず弱者に集中します。不幸を防がなければならないのに、警察の捜査は不幸が起こってからしか始まらないのです。そんな単純な事を社会は放置してるとしか言えません。更にはそんな社会を見透かして、冤罪に貶める事すら可能なのです。人物破壊をしようと思えばこんなに良い方法はありません。どんなに不名誉な事であろうと、冤罪であろうと、迷惑防止、公然猥褻を認めて刑を終わらせて出てくるしかないのです。 |
2014年6月6日金曜日
2014年6月3日火曜日
| 科学者の奢りが事故を引き起こしたようなもの! フィールドは確実に広がっている事を忘れるな! |
| 現代科学者達が錯覚している事はフィールドが本来未知の部分が広大な筈にも拘らず、フィールドのフロンティアは終わったと錯覚しているのではないかと思わせるところが見えるのです。その結果が電力会社の原子炉事故に表れているのではないかと思います。科学者の奢りがあったと思わざるを得ないのです。原発は科学者の妄信によって進められたのです。政治家、行政、私企業が後をついて行ったに過ぎません。科学者は誠に幻想を振り撒き結果大誤算の事故を引き起こしたのです。科学にとってフィールドの終点はありません。何故なら、人間にとってはフィールドは多側面に存在するので、科学者はその総てを見渡しているとは限らないと言う事なのです。傲慢な知ったかぶりは必ず墓穴を掘ると言う事に尽きると言えます。 |
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