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2018年5月25日金曜日

能く出版不況といわれるが、本を読む人口が減ったと言われるのだが、見方を変えれば、本は過去に売れていた事が異常だったのではないか?本が売れていたのが異常だったのではないのか?そう理解しなければ本が何故読まれるのかの理由が解らない!本てそんなに面白いのか?

2018年5月24日木曜日

日本文化の非合理な点の中に西暦と元号の併用がある。元号は天皇制と直結した制度であるので、只権力の威光を示すものである。西暦と元号を併用するのは兎に角不合理、煩雑である。そんな状態はサッサとやめよう!西暦一本で結構!
もし、創造行為が苦手と言うなら、トレーニングすれば良いのだ。日本には発明に関する団体もある。そこでは充分な蓄積もある筈である。そう言うところで学ぶ事も出来るだろう。一般的な方法としてはトーラーにある通り、先ず分析し、何が足りてないかを見極める事だろう。その結果を元に何を作るか緻密な設計をする事だろう。出来るだけ他人に真似されあないようオリジナリティーを目指すべきだろう。その後は製造である。物によって委託をすれば良いのだ。現代は経済社会である。マーケティングを組み立て販売してみれば良いのだ。
私は明治維新の動機を訝しむ。明治維新に関わった者の中にヨーロッパに行った者は居たが、アジア諸国に出掛けて植民地化された様子を見て来た者がどれだけ居たのだろうか?アジア諸国の植民地化した状態を学んだ方が寧ろ日本が自立の道を歩めたのではなかったか?実際出来た事は一斉にヨーロッパに向きっぱなしの自分から植民地化しに出向いて行った様なものであったのではなかったか?明治維新は結局負の遺産であったのだ。誰もそれに気が付かないのはどう言う事なのか?そうすれば日本は態々朝鮮半島を植民地化などする必要はなかったのである。だから未だに日本人自身が振り返っても説明が付けられないのではないか?!日本人はする必要が無い事をして、負の遺産を膨大に作ってしまったのだ。未だにそれで苦しんでいる。

2018年5月12日土曜日

日本は基礎力が足りてないとは能く言われる事だ。しかし、基礎力のどう言う部分が足りていないかと言う事がハッキリと共有出来ていないのではないか?基礎力の理解の基礎が追いついていないのではないのではないか?どの基礎力の事を言ってるのか?基礎とは何の為の基礎なのか?基礎についての基礎的認識が共有されていなければ何の議論にもならないのでは? ❶基礎力の第一の不足は自国語に対する理解である。❷次に世界史的理解であろう。世界を知ることは基礎力になる筈だ。

2018年5月11日金曜日

夫婦別姓に代わる姓名に関する法整備の新たな提案

女性の自立性を促進する為に創姓制度を整備する事を提案する。婚姻時にどちらかの姓を名乗ると決められている事が、女性の従属性に傾き勝ちの結果を生み出しているのであるので、婚姻時に様々な姓を選択できる様にすべきではないのか?例えば①合姓=両性の姓名を併記する新姓②創姓=従来の姓にはない地名などから引っ張った新しい姓。③単一姓=従来通りにどちらかの姓を名乗る。等以上。
この提案は、社会制度の合理性を追求し、より自由な選択可能な社会を目指しているものである。
私が政治家なら「占い」は非合法案を出すだろう。統計に基づくとはいっても、根拠が秘匿されており、それを真に受けた者達に合理的な努力をする事を減退させる行為である。看過出来ないのである。非常に不健全である。賭博、麻薬並みに取り締まるべきである。占いで儲けた者には重税を課すべきである。私は社会が健全さを取り戻すべきだと思っている。メディアが占いを煽り立てているのは非常に不愉快である。

2018年5月10日木曜日

中国人は何故偽物を作るのか?

中国人は共産党支配の強かった時代を通過し、価値観が変わってしまった様だ。物の価値とは稀少価値が大半を占めるだろうが、美術性は何回も繰り返し見る事によって養うものだから「ゆとり」がなければ出来る事ではない。だから共産党の支配が強い間は自然な価値観が育たなかった。そして、徹底的に破壊され尽くされたかも知れない。共産主義的な価値観の次に来た急激な資本主義的な価値観が押し寄せた。資本主義的価値観は儲かれば何でも良しとする価値観に大衆的に取って代わったのだろう。何でも真似をして、偽物を作って儲かれば良いのだと言う価値観がとうとう優勢になったのだ。億の単位でそれが行なわれたのだ。

憲法改正は必要なのか?

憲法改正は本当に必要な事なのか?何か都合悪い事があるから変えたいのか?議論に平行した必要か不必要かの議論が抑も現在あるのだろうか?変化は必要ならしようじゃないか!不必要なら、する必要はないじゃないか!議論の為の議論になってるんじゃないのか?これは!

2018年5月9日水曜日

戦後日本の政治は敗戦ショックの所為か、アメリカに殊更事大して、本音の主張からスッカリ遠去かった。こう言う事が続くと人心が腐るであろう。戦後国民を荒廃させたものは、日米安全保障条約であった。それが何故か現在憲法改正へと外れて行ってる。どちらも奥歯に物が挟まった本音ではない議論の進め方がされようとした。されようとしている。日本人の自立した意思、思考は埒外になってしまっているのだ。政治は何故か本音を言わずに目的を達成しようとする事が当たり前になっている。全て虚偽の議論から始められるのである。これは奇異である。誰も本当の事を言わずに議論をすると言うのは変だ!例えば、押し付け憲法論というものがある。押し付けられたかどうかと言う議論が優先し、必要な憲法は何かと言う問い方をしないのである。順序方向が逆なのである。私は、日本人が議論を真面に出来ない事を非常に憂うのである。何故、憲法改正が必要なのかと言う議論をしてないのはする必要のない事を、さも必要な事の様に議論するのは抑も可笑しいのではないか?!

2018年5月7日月曜日

日本列島の大規模地震や富士山噴火など心配である。微動など兆候は無いのだろうか?富士山噴火の動画を見せて警告した積もりになっているのだろうか?火山性微動の数値は発表されているのだろうか?

2018年5月1日火曜日

自衛隊を考える時に必要な事は合憲か違憲の議論で良いのだろうか?必要な事は自衛隊が必要か不必要か更に何に役に立ててるのか?と言うことではないか?。必要な事には役に立っているのか?と言う議論はしているのだろうか?そもそも一本調子に合憲違憲だけの議論は不毛ではないのか?必要なものを作って役に立てる事が筋ではないのか?拉致被害者救出と言う危険を伴うミッションに出掛けることなどである。しかし、この考えは欠陥がある。今の愚衆民主主義の下で方向を間違えると過去の轍を踏む可能性もある。大衆が望めば戦争に嬉々として突き進む可能性が無しとは言えないのである。