| 日本は江戸末期に被植民地化を恐怖した少数の下級武士達の運動があって、明治維新、以降の富国強兵策、戦争遂行策、に進んで行ったのだけれど、果たして被植民地化は免れたと言えるのだろうか?実際は日本は無謀な戦争遂行策の果て、惨めの一語尽きたのです。アジア諸国に多大な傷跡を残し、自国も含めて多くの人命を湯水の如く消費しただけで、結局は広い意味でのアメリカの植民地に根こそぎなっただけではないか!日本が抑も形だけの皮相的な体裁だけで国家を維持している様に見せているだけで、内実は被植民地化されてしまった事は明治維新の当初に考えていた事と丸っきり違うではないか!被植民地化の何を警戒したのだろうか?それが誰一人共有しないまま権力構造だけが先行しただけだった。 |
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2015年4月28日火曜日
| 日本にとって被植民地とは一体何だったのか! |
2015年4月17日金曜日
2015年4月2日木曜日
| ゆっくりと目に見えない破滅へ |
| 政府は愚かな選択をしています。原発政策全体はアクセルとブレーキを同時に踏みながらアクセルが勝っていますし、沖縄の基地負担の軽減を謳い乍ら沖縄そのものを犠牲にしようとしています。日本はどんな警告があっても、それを警告と受け止め、組み立て直す事をしません。下り坂にブレーキを効かせられない出来損ないの国です。富士山は登り切ったら頂上以外は下り坂しかないのと同じです。砂走りを転がり落ちるだけです。組み立て直す必要が生じたら組み立て直せば良いのではないでしょうか?日本は十分な議論をしないまま、見切りが早く、手続きが整っただけで次に進行してしまうと言う、警告が警告と受け止められないと言う弱点を持っています。こう言う危険性を察知した国民のウチ、居住を再考する人が続々と出て来ても不思議ではありません。何処をどう立て直すか対策がタイミングを逸すると、銀行の取り付け騒動と同じで、日本の国家的空洞化を招く事もあり得るのでこれ自身が警戒しなければならない事でしょう。高齢者の海外移住とは意味が違います。日本の魅力を失ったら不可視であるだけに対策も取りにくいでしょう。 |
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