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2014年8月26日火曜日

日本が外交ベタな訳 

最近は満州もの、ドラマ、ドキュメントが多いです。特に満州引揚げ苦労話とソ連参戦、抑留物語が殆んどで、現在のロシアや過去のロシア歴史分析などまるでありません。日本人には分析して探索すると言う行動が浅薄で、「北方領土を返せ!返せ!」と繰り返す事をするだけで能がないこと甚だしいとしか言い様がありません。ロシア人は満州建国時から略取する事を積年の思いで戦略を描いて来たのだから、不可侵条約なんぞ破る為にあった様なものだったのです。不当性を幾ら叫んでも何の意味もない事です。ウクライナとの関係が分からない、領土は欲しい時に取るだけです。

利権の美味しいおこぼれが待っているカジノ法案

日本にカジノを導入する件はギャンブル依存症とマネーロンダリングに如何に対策を取れるかに答えを出してから賛否を出したら良いではないか!何も急ぐ事はないのではないか!急いで事を進めたい輩は利権の美味しいおこぼれが待っているのだろうか?

2014年8月25日月曜日

自然災害が人災に変わる瞬間

自然災害と言いながら後になってああすれば良かったこうすれば良かったの後悔があるうちは人災の域を出ていないと言うべきでしょう!自然災害は完全に予測不能かと言えばそうではなかったのです。ハザードマップは更にきめ細かく作れる筈です。予想外の風雨に対しては予想外の想定をしておけば良いのです。被害に敏感に予測出来る人材を育てる事も必要です。

2014年8月22日金曜日

災害の予測は数字による解析分析を 

      
気象庁に限らず、気象と災害との関係についてデータ解析分析にもう一歩踏み出しても良いのではないのか?災害の予測をするのではなく、過去の豊富なデータを生かして、或いは国土交通省とのデータを交換解析分析を大胆に行うことが出来るのではないだろうか?このままでは、国土強靭化計画どころではないのではないか?日本の災害は国土が軟弱な事が由来してることが多いのだから、気象条件によって災害の種類規模を予測して避難行動に結び付けなければ災害による被害が大き過ぎます。特に気象は今後異常気象が増える事が十分予測出来ているのだから感に頼らず数字に基づく解析分析を積極的に進めなければならないと思います。
      

「戦争を語り継ぐ」と言う事とは

     
「戦争を語り継ぐ」と称して戦時体験を世代を越えて語り部に語らせる事をしている事には反対する者ではありませんが、体験者の視野を幾ら寄せ集めても戦争にブレーキを掛ける事にはならないだろうと思います。戦争に到った道は戦争に加担する常識が道を開けて行ったと言う事を自省しなければ何の役にも立ちません。戦争以外の手段を模索し実行出来る人間の存在も欠かせない事です。知恵の存在です。
     

2014年8月17日日曜日

歴史検証は先ずメディアから

 
国家が何故国際問題の解決の為に戦争に訴えたのかを掘り起こす仕事は先ず、戦争に無批判にお追従記事を書いて国民の目と耳を塞いだメディアが先ず始めたら良いではないですか。それが当然の義務ではないですか?検証する資料は全て揃っているのだし、そうする事が義務でもあります。寧ろメディアが黙っている事に不自然さを感じます。メディアが相変わらず評論家の様に当事者としての義務を果たさないのは又、国民を欺く体質が消えていない証拠ではないでしょうか?
 

2014年8月16日土曜日

 
歴史に学ぶとはどう言う事なのか?

   
「歴史」という言葉を日本人はどう捉えているのだろうか?「歴史」に学ぶと言う事をしなければ、全ての経験は虚しい!歴史をどう認識するかは確かに人其々です。どう学んだかも人其々です。しかし、学ぶ態度がある無しでは大きな開きがあります。学ぼうとしない者に対して歴史認識と言う言葉を幾ら投げ掛けても暖簾に腕押しでしかありません。歴史から逃げ回ってるのが日本人と言えないでしょうか?仮に「戦争と言う愚は犯すまい!」と幾ら呪文のように唱えても、では、どうしたらその道を歩まぬ様に出来るかの方法が見つからないではないでしょうか!有りとあらゆる方法を探って実行し努力しなければならない筈なのに、今、顔が別の安易な方向に向いてしまっているではないでしょうか!
 

2014年8月12日火曜日

「歴史問題」という形の「政治問題」

「歴史問題」という形の政治問題は韓国、中国等の問題化に対して日本が誠意を以って対応しているのか私には判断の材料が殆んどありません。日本に疚しいところがなければテーブルに就く事が出来る筈なんですが、どうも日本には疚しいところがあるのではないかとつい疑ってしまうのです。中国、韓国が全く的外れな事を言ってるのではない事は、日本の政治的背景が下敷きにあるので公平に扱える問題も政治に塗れて表現されると言う不幸を背負わざるを得ない事になっていると思います。どうしても議論化せざるを得ないと言うならば、全当事者の議論が出来る様にそういう場を作れる機関=メディアが約割りを果たせば良いのです。

2014年8月10日日曜日

 
IT化社会と言うけれど

    
人間と言う動物は五感を総動員して情報を取得し続ける臆病な動物だけど更にIT革命などと言って、情報の取得に抜かりがないかと神経が休まる事がないのだ。ところが、情報取得に抜かりなく合理的な方法を取っているのかといえばそうでもないのだ。何が足りないのかを合理的に分析すれば良いのに、何が余計なのかを分析すれば良いのに、その様な部分は手を付けたがらない様です。人間と言うか日本人がと言う事ですが。
  

2014年8月7日木曜日

この時期にすべきこと

別に夏に限らないことですが、メディアが一斉に原爆投下や終戦記念日を特集するので、敢えて私も言いますが、今戦争に負けた悔やみごと言うのではなく間違った選択をしたと歴史を捉え直すべきなのです。間違った指導者を我々は選んでいたと言うべきなのです。今更トルーマン大統領はけしからん!と言ったところで、原爆投下の犠牲になった人達の命が戻ってくる訳ではないし、我々日本人が自立した国民として正しい選択をしていたのかを真に反省すべきなのです。戦争に訴えた事は正しかったのか?真に強い国であったのかを歴史を見つめ直す良い機会ではないでしょうか?我々の前の世代は真の強さを持ち合わせていたから戦争に訴えたのでしょうか?自制も選択肢の一つにあったのではないでしょうか?戦争は悲惨で過酷なものです。人の命を湯水のごとく消費して、死んだら靖国で会おうとトンデモナイ理屈で言い包めて戦場へ送り出したのです。戦争は一国で一方的に開始したり止めたりは出来ないけれど、自制して外交努力で避ける努力は出来ます。今すべきことは歴史に学ぶ事です。一番平和な時にこそ戦争の正当化ではなく、愚かな選択をしないよう学ぶ事です。歴史を正面から見詰めて学ぶ事です。将来の子孫達が間違った選択をしないように今掘り起こしが出来る世代が生きているうちに出来る事をしなければなら無いのです。
日本の指導者は中国などと堂々と話に行けば良いのです堂々と腹を割って話し合ってくれば良いのです。中国包囲網など刺々しい発想は引っ込めなくてはならないのです。理解し合う事です。自分で道を狭くして話し合いの扉は開いてる等と空々しいことを言ってはダメです。直ぐ結果を出そうと焦ってもしょうがありません。もう一寸時間をかけた方がいいのです。長い時間を掛けてじっくりとけっかをつくっていくことです。