七井誓/素論愚論
無位無冠且無為徒食且徒手空拳
旧「極東に輝く星座」
からようこそ!
目覚めれば酔生夢死を知る!
一度は死に損なった我が身体!棄てるもの一切無し!得たきもの一切無し!
唯、遺したきもの僅かばかり有り!鳥瞰且つ薮睨み
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2017年10月30日月曜日
近代国家が出来る時は国民の存在が必要だったが。イキナリは出来ないので、中間的地方権力が必要だった。中間的とは国民の素材としての員数と国家との距離の詰め方の問題の解決であった。即ち国家は国民が支える物と言うアイデンティティの創造と維持の問題としてあった。国民の側からは国家に参加する意識と経験と歴史も必要であるので、国家と共に歩んでいると言う意識が必要である。必要であった。この視点は現在の政治を観るに当たって必要であろう。先に述べた中間的権力の政治過程を経て近代国家の出現に到るのであっただろう。
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