七井誓/素論愚論
無位無冠且無為徒食且徒手空拳
旧「極東に輝く星座」
からようこそ!
目覚めれば酔生夢死を知る!
一度は死に損なった我が身体!棄てるもの一切無し!得たきもの一切無し!
唯、遺したきもの僅かばかり有り!鳥瞰且つ薮睨み
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=中断中/
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2018年4月8日日曜日
日常を改革するトーラーの発想
普通の生活者であれば、トーラーの喩は何の説明かはたちどころに解る筈である。ところが、あるクリスチャンは信仰とは何か特殊な事と考えている様だ。しかし、トーラーには特殊な事は書いてあるわけではない。寧ろ逆である。特殊な事に考えがちな所に乗り込んで行ったアブラハムの家族以降の物語と考えたら合理的なのだ。トーラーは日常生活に埋没した生活者には不向きかも知れないが、少しでも日常生活を改革する気持ちがある人達にとっては心に響く書であろう。
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