日本人がノーベル賞を受賞したり、優秀な業績を残すのは日本が今自由主義国家に属しているから個人の営為が発揮しやすい環境を持っているからではないでしょうか?日本が更なる世界的な業績を残すためには社会的なハードルを下げて規制を無くし個人の営為が意味のある評価を下しやすくする事です。評価する仕組みがなければ個人の営為が無駄になってしまいます。兎に角、現状が持っている日本の桎梏の在り方を組織的に探し出して取り除いて行く作業をしなければ日本の飛躍の更なる可能性はなくなって行くでしょう。それが国家戦略と言うものだろうと思います。 ところで中国は最近になって自国にノーベル賞受賞者が全く居ない事に気がついた様です。候補に上っても反権力側からです。それを流石に変だと気がついた様です。中国は戦略を立てるに当たり規制的発想がほぼ100%なので、個人の営為を押し潰す結果しか生み出せないのだと私は思います。中国の抑の成り立ちは通商を元にした多民族の複合体だったのですから自由な市場があってこそ成り立つ民族です。中国人自身は優秀な人材は多い事は認めるにしても。ここでは、中国の批判が目的ではないのでここで止めますが、日本が今自由主義国家である事は逆にほんの偶然にしか過ぎないと言う事を指摘しておきたいと思います。日本は大量の人的犠牲を払って戦争を行ない、且つ負けたことによってやっと自由を手に入れたのです。自分で手に入れた訳ではなく、戦勝国に手を煩わせて自由を手に入れたと言って良いです。これを押し付けなどと曲解して、さも自主憲法制定の道を選ぼうとする発想は貧弱な発想であると私は思います。現行憲法以上の内容のものを作れるのなら良いでしょうが、但し、日本人は押し付けと言われようと現行憲法にしがみ付かざるを得ない程犠牲を払ったと言う記憶が染み付いていると言う事であろうと思いますので、安易に自主憲法が正しいなどと言っても日本人の片方の血が許し難いものを持っている事を忘れるべきではありません。日本は寧ろすべき事は自由そのものを堅固に守り、桎梏を取り除く方途を探す事であろうと思います。そして戦略として俎上に乗せ、道筋を付けて実行する事です。規制は一切不要です。官僚が出る場はありません。官僚は裏方で十分です。足り無いところを徹底的に議論を通して浮上させる事です。又世界に学ぶ姿勢を総動員して行なう事です。世界にはまだまだ我々の知らない思考方法を持っている民族、個人が沢山存在しています。その様な存在と交流を持ち、招聘して教えを乞うべきと思います。/…… |
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