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新教皇の最初の仕事がローマのユダヤ共同体ラビに挨拶状を送った事を知った。内容は知るすべは無いけど、私は変な感じがしたのだ。私が理解が足りないのかも知れないが、こう言う人たらしのやり方はつい不審に思ってしまうのだ。何故なら、この人は母国の貧困救済に尽力したと紹介されてるが、この人はどうだったのかがこっちは関心もあるのだ!実は。この人が実際にどう貧困から脱出したかが知りたいのだ。更に貧困者にどうしたら貧困から脱出できるかをその方法を共有出来たかと言う事なのだ。それともこの人がやった事出来たことは施し?そうですか?カトリックがだれをトップに選ぶかはどうでも良い事。こう言う人を選んだ諸々体質とかがあると言う事。こう言う事とユダヤ教と何の関わりがあるのだろうか?ユダヤ教の何を理解していると言うのか?だから、人たらしと言ってしまうのだ。幾らユダヤ人を手なずけようとしても、擦り寄って来ても、勘違いしないで欲しい!先ず貴方の観念の在り方を省みてください。共有している筈のトーラーを読み直して下さい!自国語の翻訳でなく、原典で本当はどう書いてあるのか、ジックリ読む事です!ユダヤ人の先祖達が血と汗と命をかけた結晶を余計な観念を排除して真っ裸になって読んでみれば良いのだ!人たらしする前に先ず!ラビに手紙を送るのは何時だって出来る事ではないか?!自分と闘う事を覚えたなら、もう一度ラビに手紙を出せば良いのだ!
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