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2013年10月8日火曜日

 日本語に冠詞は果して具体的に導入出来るだろうか?  

日本語に論理的思考を促す方法として簡便な冠詞の導入を提案する訳なのだが、具体的な方法を示しておかなければ空理空論である事は解っている。従って、現行の指示代名詞の組織の一部として導入をし易い語素を「こ」「そ」「あ」「ど」「か」等単音を冠することを取り敢えず提案しておく。日本語の場合は多少近称、中称、遠称のニュアンスを残しておくほうが導入の援護が出来ると思う為です。用法的には韓国語にあるので参考に出来ると思う。
日本語は非論理的言語であると言われたりもしますが、日本語話者=表現者自身の問題でもあったりするので、一概に日本語に内在する問題であると断定出来るのか私は解りません。しかし、それとは別に日本語には形式的に欠けている部分が明らかにある事も確かと思ったりもします。人工的にでも改良出来るものであればその様にして、幾らかでも論理的表現を日本語表現文化に定着できるのなら、努力しても良いのではないかと考える者です。表現は個人のする事ですが、一定の文化の空気の中で生きながらの行為ですから、一定の文化の空気を吸いながら行なっている事ですから、言語の改良に返えして行く事もあって良い筈と思っています。この様な考え方を否定する方も居るだろうとは充分解りますが。
 論理的表現と冠詞とはどの様に関連しているのだろうか?論理とは思考の繋がりがどの様に接続して行くのかを明らかにしておく事に他なりませんから、定冠詞は印欧語などではその役目を果していると思いますが、日本語に適応出来るかは不明です。印欧語にしても印欧語成立期から存在していたのかは逆に私は解りません。印欧語以外にセム語族にもあります。
定冠詞は文字通り、既出の概念を再指示する役目を持ってるいる訳です。ですから前後関係をはっきりするさせる訳です。且つ、あっちの印欧語は性数を区別しますから、出来るだけ、どの既出概念かを絞り易くしています。逆に性数が複数で、錯綜して解りにくくもなったりしますが、我々日本人が慣れていないだけですが。慣れていない事は考えない事にしましょう!せめてセム語並に男女共通で良いですね!  

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